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首 長 墓 系 古 墳 の 立 地 分 析 | | 京 都 府 山 城 盆 地 ・ 亀 岡 盆 地 を 例 に | |

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(1)

首長墓系古墳の立地分析

││京都府山城盆地・亀岡盆地を例に││

三世紀末から七世紀初頭にかけての約三

0

0年間は︑汎日本的に古墳が築造された時期である︒共同体における司

祭者的首長は︑地位の固定と首長権の世襲を行なうために︑前方後円墳(後方墳)や大形円墳(方墳)を築いた︒

首長墓系古墳の立地分析

これらの首長墓ず丞白墳は︑古墳時代を通じて築造された古墳の総数からみれば︑極めて限られた基数である︒例え

ば︑前方後円墳は︑畿内全古墳数の三j四%にすぎないといわれるTEしかしその規模・内外部施設・副葬品など︑

他の古墳とは隔絶する内容を有している︒古墳時代社会の頂点に立つ首長の造墓行為は︑そのまま古墳時代の階層構

造の特徴を端的に指し示すものといえよう︒

古墳がある地点に築造される際︑築造者は偶然その場所を選んだと解せるかもしれない︒しかし︑造墓は︑選地

││墳E・内部主体の構築

ll

l死者の埋葬・副葬品の埋納というプロセスにおいて完結するものであり︑

51 

において首長はその司祭者的地位を明確化し得たといえる︒こういった前提に立って︑造墓プロセスの初期の段階に

(2)

52 

相当する選地の実態を記載することによって︑首長層による葬送儀礼における空間利用を明確にし︑個々の首長墓系

古墳が形成する地域の特質を浮き彫りにしたい︒すなわち首長墓系古墳の立地およびその分布パターンを分析・検討

することによって︑古墳時代の墓制・地域社会を解明する一つの手掛かりを得ると考える︒

古墳立地研究の動向

古墳の立地に関する研究には︑大きくみて三つの流れがあるようである︒すなわち︑A一古墳立地の歴史地理学的

BC一古墳立地の考古学的研究に整理することができる︒

Aの研究についてみると︑古墳と平野とを関連付けてその立地パターンに最初に注目したのは三友国五郎(一九三

八)(主であった︒三友は︑﹁古墳群と平野とは切り離して考えることは出来ない﹂とし︑﹁開拓可能な沖積平野﹂の周

辺に古墳が立地することに気付いた︒その立地の実例を基に﹁古墳立地の一般的環境﹂を記載し︑立地の目的を明ら

かにするには︑﹁立地の地理的環境における古墳の形式と量の問題﹂が問われねばならないとした︒また古墳立地の

主目的を︑耕地の分布する平野の尊重と土地への執着と解した

(3 )O

同様の観点から伊達宗泰(一九六三

) { 4 )

を築造せしめた営力の基礎である生産地域﹂を念頭において︑墳E規模︑内部構造︑出土遺物の質・量および立地環

境など古墳の諸属性と︑被葬者の勢力圏︑生活圏の相互の関係を描き出そうとした︒そして奈良盆地周辺での事例か

ら古墳築造の立地条件を非生産地域とした︒

Bの研究では日下雅義(一九七五)互の研究がある︒氏は﹁古代の地形環境﹂に検討を加えることを目的にして︑

﹁応仁天皇陵﹂の選地と後の地形変化を説明した︒さらに原秀禎(一九八一

) ( 6

)は︑同様の視点から﹁古墳の立地する

(3)

地形面﹂を詳細に検討し︑大規模前方後円墳の立地を段正崖の走向や開析谷など︑地形環境と関連付けて考察してい

以上︑歴史地理学的・地形学的研究の分野では︑古墳という遺跡の空間占有の形態を把握しようとする方向性を持 る ︒

Cの古墳立地の考古学的研究では︑大筋として立地の記載と考察︑および古墳の類型化作業が︑古墳時

代地域論・構造論を補助する役割を果たしているといえる︒例えば︑白石太一郎(一九六九

) ( 7

)は百舌鳥および古市

など大型古墳群の消長をたどるために︑三OOO分の一の詳細な地形図から古墳群の原地形復元図を作製し︑古墳築

造に際しての地形条件について評価を加えた︒田中晋作(一九八二一)互は畿内における古墳の群構造の変還をたどっ

たが︑古墳が属性として持つ諸要素の分類基準が具体的に明らかにされていない︒和田晴吾(一九八一世

{ 9)

は測量調

査報告の中で︑山城盆地の古墳立地を概観した後︑古墳時代後期の立地についての意味付けを行なった︒その内容は

後期において現れる古墳立地の地域的差異が︑前・中期の場合と違い﹁同一時期に存在した豪族層それぞれの歴史

首長墓系古墳の立地分析

的︑政治的性格の差を強く反映する﹂というものであった︒

このように︑地形条件を考慮にいれたオーソドックスな立地論・分布論が記載される中で︑植本誠一

(

)

Bは古墳の築造企画を検討する上で︑旧地形と墳丘の関係を明らかにしようという︑ある意味で古代の地形改変

の問題と古墳立地の接点を模索している︒

植本のミクロな視点に対して︑マクロなオーダーでの研究例では岸本道昭(一九八六

)E

が兵庫県の事例で古墳立

地の類型化にアプローチしている︒その中では弥生時代末から古墳時代前期にかけての小河川流域における古墳築造

53 

集団関の関係が考察され︑それに立地類型・規模の評価が加味されている︒また︑今尾文昭(一九八七

)2

が古墳立

(4)

54 

地の定性的記載による類型化を行なっている︒

A i

Cの研究成果について順を追ってみてきた︒これらの研究の流れから︑古墳立地についての主たる解釈

は次のように纏めることができる︒一つは生産基盤としての沖積低地と古墳の有機的関係に古墳立地の要因を求める

ものであり︑今一つは古墳築造者集団における序列・階層構造が古墳の選地に当たって反映されるとする流れであ

これらの研究の方向に共通していえることは︑若干の事例を除いて︑古墳立地の定性的な記載から立地要因を導く る ︒

ことに重点がおかれ︑古墳立地を構成する属性の定量的な検討があまり成されていないことである︒古墳についての

定量研究については︑石川昇(一九八二︑

a一九八五b一九八七)さや辰巳和弘(一九八

一 一 )

g ︑高橋誠(一九八七)(日)など︑近年新しい視点の導入がある︒これらは古墳を構成する諸要素の一つに挙げ得

る墳正規模(体積・面積など)に対する評価である︒しかしながら古墳立地そのものを定量的に把握しようとする試

みは︑ほとんどなされていないのが現状である︒古墳立地の様々な要因の解釈を進める前段階の基礎的な作業とし

て︑立地の定量的検討を行なう必要があろう︒

古墳を特徴付ける属性には墳正の形態・規模︑内・外部施設︑副葬品︑立地などがあるが︑ここでは古墳の立地属

性の定量的検討を行なう︒今回は山城盆地の首長墓系古墳八五基および亀岡盆地の一四基Bを対象に︑立地を表わす

要素(比高・視界のランク・サイズ)の組み合せから立地類型を設定し︑古墳の属性の一つである墳丘規模と立地類

(5)

首長墓系古墳の立地分析

E山地

型相互の関係︑立地類型の盆地内におけ

る分布パターンなどを明らかにする︒ま

た︑立地類型による検討の有効性を検定

するために︑古墳の規模と立地属性の相

地域概念図

(

23

ZZ

E)

(

m z

z s

)

を行なった︒図1に山城盆地・亀岡盆地

1

古墳立地において︑ある特

定の地形面が選択される場合︑古墳はそ

の立地する面と下位の面との比高(高低

差)によって垂直的な位置付けが可能と

盤としての沖積低地や段丘などの平坦面と︑古墳との垂直的関係が数値化され得る︒比高の数値が小さい場合︑生産 なる︒すなわち︑最寄りの生産・生活基

視界(眺望角) ‑生活面との隣接性が考えられ︑逆に数値が大きい場合︑それらとの隔絶性をいうことができる︒

古墳と最寄りの低地との垂直的関係が比高で表されるならば︑水平的関係は︑古墳からの視

55 

界によって表現される︒例えば︑平野に向かって張り出したE陵上の立地と河谷を望む丘陵裾部の立地を比較してみ

(6)

56 

ると︑平野に対する視界がおのずと異なることが容易に想像できよう︒前者は︑周辺地形が視界を遮ることのない︑

墳正からの眺望の良さと︑周辺地域から古墳への視認の良さがいえる︒これに対し︑後者は平野に対する狭い視野と

平野部からの視認性の悪さが指摘できよう︒

視界(眺望角)の記載方法については︑盆地を貫流する主河川・大地形としての顕著な河谷低地Eを最大限遠くま

で見通せるエリアを地形図(精度一一万分の一オーダー)上に求めた︒そのエリアは古墳が立地している面と同一の

地形面上における同じ高さの扇形として認識される83したがって︑一扇形の中心角が古墳から平野に向けられた眺望

角として記載される︒古墳からの視界である扇形範囲内であれば︑低地からは逆にその古墳を絶えず見上げることに

ABの記載によって︑古墳は垂直的かつ水平的な位置が把握されるものと考える︒比高・視界の数値はランおよび

ク・サイズで区分し︑比高ラングと視界ランクの組み合わせによって立地類型を設定した︒ランク・サイズ区分にあ

たっては︑比高︑視界の数値の大きいものから小さいものまで順

(l

ln

)

に序列化し︑不連続となる部分を境とし

て︑グルーピングした︒さらに立地類型の分布ならびに古墳規模と立地類型の関係などを検討した︒

古墳の規模と立地属性の相関関係古墳の規模(全長)と比高および視界のデlタをもとに︑相関分析を行な

ぃ︑それぞれの要素聞の相闘を調べた︒ついで重相関分析では︑従属変数を古墳規模︑独立変数を立地属性とした重

回帰モデルにより重回帰係数を導きだした

20

また︑得られたデlタの古墳時代前期から後期にかけての推移を検討

古墳立地の時系列的変遷をたどるには︑古墳の築造された年代が問題となるが︑大塚他編(一九七二)︑平良他編

(7)

(一九七二)︑奥村(一九八四)︑平良他(一九八五)︑平良(一九八五)などの文献を参考にした

20

時期については

古墳時代前期・中期・後期の三区分とする︒

首長墓系古墳の立地分析

()

山城盆地における首長薯系古墳の立地分析

山城盆地は南北四0キロメートル︑東西三1一一一キメメートルの狭長な断層盆地である︒盆地の地形配列は︑外縁

から順に山地︑正陵︑段E・扇状地︑沖積低地(氾濫原)となる︒盆地内には周辺の後背地から諸河川が流入し︑盆

地のほぼ中央に位置する旧巨椋池の西側で合流した後︑大山崎地峡部を経て大阪方面へ流出する︒巨椋池の北側︑す

なわち桂川・鴨川・高野川などの流域を山城盆地北部(狭義の京都盆地)︑巨椋池の南側︑すなわち木津川流域を山

城盆地南部と呼ぶことにしたい︒

首長墓系古墳の立地分析

山城盆地全域では︑首長墓系古墳は総数人五基を数える︒これは前方後円(方)形︑帆立員形の平面形をとる古墳七

二基に︑直径(辺長)三五メートルを越える円(方)墳を加えた数である︒

(1) 

比高・視界のランク・サイズ

比高のランク・サイズは︑古墳時代前期が三ランク(上位から順にA︑B

C)

︑中・後期が四ランク(A︑

c

D)

(A

c

D)

に分かれる︒視界では︑前・中期四ランク(A︑B

C)

に区分され

る︒また各古墳の立地する地形面︑古墳の全長などのデlタとともに比高・視界の数値を表1

57 

(2) 

古墳立地類型

(8)

58  ける首長墓系古墳

No.  古 墳 名 形態 時期 全 長 守 局 比 両(mi (() (地形面) (m)  m) [地形面

42  塚 後 円 段 60  18.5  4.8  116050'  43  芝ケ原6 後円 丘 陵 ・ 端 45  40.5  18.5  1950 44  宮ノ平3 帆立 丘 陵 ・ 端 38  45.0  6.5  158020'  45  芝ケ原5 後円 丘 陵 ・ 端 34  40.0  18.0  1950 46  帆立 22  28.0  12.8  193010'  47  坊主山1 後円 丘 陵 ・ 頂 45  50.0  16.0  111030'  48  後円 丘 陵 ・ 端 50  60.0  9.8  157" 49  胃 山 I号 後円 丘 陵 ・ 端 30  80.0  20.2  93010'  50  青 谷 丸 山 後円 丘 陵 ・ 端 30  80.0  10.5  2805 51  西 山 1号 後方 丘 陵 ・ 稜 約80 48.7  20.9  172040'  52  後方 約49 27.8  13.1  145040'  53  上大谷8 後方 丘 陵 ・ 稜 34  64.0  21. 73020'  54  上大谷1 後方 丘 陵 ・ 稜 後 ? 34  70.0  27.3  800

〔木津川左岸:綴喜郡・相楽郡〕

55  西 車 塚 後 円 丘 陵 ・ 稜 115  24.0  14.0  127"30'  56  東 車 塚 後円 丘 陵 94  15.3  4.0  119050'  57  石 不 動 後円 山 地 ・ 頂 75  93.6  56.0  114040'  58  飯 岡 車 塚 後円 独 立 丘 陵 86  40.1  21. 197030'  59  興 戸 1号 後円 丘 陵 ・ 稜 24  86.7  44.4  206030'  60  帆立 丘 陵 ・ 稜 70  48.0  25.2  109"40'  61  大 住 南 塚 後方 66  26.7  8.9  186040'  62  吐 師 1号 帆立 段 55  40.8  10.9  178010'  63  吐 師 2号 帆立 43  40.8  10.9  1780 64  吐 師 4号 帆立 35  40.6  13.1  173030'  65  吐 師 5号 帆立 28  40.6  13.1  174030'  66  上 人 ケ 平 帆立 丘 陵 ・ 端 23  55.0  9.1  111020'  67  大 谷 2号 後円 丘 陵 ・ 稜 20  72.8  30.9  43"10'  68  後円 30  26.0  9.0  167"10'  69  天神山3 後円 丘 陵 ・ 稜 25  85.0  30.1  149040'  70  天神山5 後円 丘 陵 ・ 稜 f 30  75.0  10.1  170040'  71  茶 白 山 後方 丘 陵 ・ 稜 50  80.0  61. 287"40'  72  大 住 車 塚 後方 62ca  25.0  7.2  1910

直径辺長

百 今 池 円 墳 丘 陵 ・ 稜 50  80.0  40.0  112050'  5 牛 廻 り 円墳 丘 陵 ・ 稜 50  50.0  14.0 

今 里 大 塚 円墳 段 45  40.0  5.0  2290 ヒ ル 塚 方墳 段 丘 ・ 端 ‑ 45  20.0  8.4  1420 金 比 羅 山 円墳: 丘 陵 ・ 端 40  45.0  11.0  98010'  I 二子山1 円墳 丘 陵 ・ 頂 42  65.0  30.0  117"10'  鍛 冶 塚 方墳 段 49.7  31.4  12.9  184040'  円墳: 丘 陵 ・ 端 66  40.0  5.1  200010'  方墳 E陵 ・ 端 ‑ 40  40.8  20.5  1120 ゴロゴロ山 円墳 独 立 丘 陵 38  61.0  34.7  209050' 

鞍岡山3 円墳 丘 陵 ・ 稜 40  88.4  44.2  142010'  一 本 松 円墳 E陵・ I 35  130.0  95.1  205020'  庵 寺 山 円墳 丘 陵 ・ 稜 56  75.0  40.0  221040'  形態の略記:後円=前方後円墳、後方=前方後方墳、帆立=帆立貝式古墳

(9)

59  首長墓系古墳の立地分析

1 LIJ城盆地にお No.  古 墳 名 形態 立(地形面地)  時期 (m ( 高) 比高(m}

m) [地形面 (眺望

〔桂川左岸:葛野郡・愛宕郡・紀伊都〕

塚 後 円 段 75  33.3  1.

後円 扇 状 地 f 71  30.0  1. 162050'  垂 箕 山 後円 t 63  41. 9.0  158050' 

清 水 山 後円 60  31. 1. 135020'  太 奏 馬 塚 後円 f 50  46.0  16.5  199010'  段 ノ 塚 後円 氾 濫 原 75  27.0  126020' 

〔桂川右岸・小畑川左岸:乙訓郡〕

一 本 松 塚 後 円 丘 陵 ・ 頂 100  94.0  54.0  182020'  天 皇 の 社 後円 扇 状 地 Ij 86  45.0  12.0  175030'  妙 見 山 後円 丘 陵 ・ 稜 114  68.5  30.6  328010'  10  寺 戸 大 塚 後円 丘 陵 ・ 稜 98  76.5  39.0  278055'  11  五 塚 原 後円 丘 陵 ・ 頂 94  69.7  27.9  322040'  12  後円 丘 陵 斜 面 ? 65  37.6  7.4  113010'  13  後円 41  29.0  2.0  1350 14  天 鼓 ノ 森 後円 j巴 濫 原 { 60  27.5  199010'  15  清 水 塚 後円 氾 濫 原 50  28.0 

16  物集女車塚 後円 段 丘 ・ 端 45  22.0  0.8  112010'  17  元 稲 荷 後方 丘 陵 ・ 頂 94  53.0  17 .1  330050' 

(桂川右岸・小畑川右岸:乙訓郡〕

18  鳥 居 前 帆 立 山 地 ・ 稜 Ij 50  90.0  73.5  1540 19  1 後円 段 丘 ・ 端 33  50.0  5.6  152040'  20  恵 解 山 後円 段 丘 ・ 端 120  23.8  3.4  13r20'  21  今 里 車 塚 後円 谷 底 平 野 74  27.3  18704 22  カ ラ ネ ガ 岳 帆立 山 地 ・ 稜 36  164.2  110.6  1750 23  今 里 舞 塚 帆立 45  33.7  8.5  1WO'  24  稲 荷 塚 後円 45  43.5  5.1  184010'  25  非ノ内車塚 後円 37  47.7  2.3  160040'  26  後円 30  19.0  5.5  32020'  27  長法寺南原 後方 山 地 ・ 頂 61  147.0  94.2  17nO' 

〔宇治川右岸:宇治郡〕

28  黄金塚2号 後 円 丘 陵 ・ 端 120  42.8  22.8  195040'  29  黄金塚1 後円 丘 陵 ・ 端 100  42.8  22.8  195040' 

30  番 神 山 後円 45  37.5  7.5  137010'  31  帆立 丘 陵 ・ 頂 44  60.0  38.2  1W03σ 

32  長法寺南原 後円 105  26.0  8.8  2WO' 

〔木津川右岸・久世郡・相楽郡〕

33  梅 の 子 塚 後 円 丘 陵 ・ 稜 JI 79  60.0  39.8  176050'  34  西 山 7号 後円 丘 陵 ・ 頂 60  57.6  29.8  142040'  35  尼 塚 4号 後円 丘 陵 ・ 頂 37  60.0  21. 192010'  36  椿井大塚山 後円 丘 陵 ・ 端 180  53.3  23.5  1720 37  平 尾 城 山 後円 丘 陵 ・ 稜 108  85.2  65.7  18r20'  38  後円 丘 陵 ・ 端 37  47.5  21.  90010'  39  久津川軍塚 後円 183  34.9  13.3  193050'  40  芭 蕉 塚 後円 118  27.8  13.0  1790 41  芝ケ原11 帆立 丘 陵 斜 面 66  23.9  179010' 

(10)

60 

前項で区分された比高・視界ランク・サイズを組み合わせることによって︑大きく四つの立地類型を設定し得た︒

‑類一比高・視界ともに良好なタイプ

E

E類一視界が特にすぐれるタイプ

町類一比高・視界ともに低い(狭い)タイプ

また︑それぞれの類型の中での相対的なランクの優劣によって︑a‑bの二つに分けることができる︒このように

して立地類型により前期古墳を五類︑中期古墳を八類︑後期古墳を七類に分類することができた︒なお︑古墳に付し

た番号(

)は︑表1

[]

h

類(比高A・視界B)(A・B)

(

)

(

O)

( )

2

b

(

AD)(A

C)

(

)

(

)

西

(

)

椿

(

=

)

(=

)

(

)

輿

(

)

b

(B

D)(B

C)

(C

A ) ( )

(C

C

)( C

D)

(

)

(

)

西

(

)

(

)

(

)

( )

( )

西 ( ) ( ( )

図 4 山城盆地における古墳からの視界と眺望関係

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